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ボッチ

犬の命日2010

今年もきみのことを想い出す

 本日は、我が家の愛犬ボッチくんの命日だ。高級和牛を焼いて、写真に供えた。たっぷり、食べなさい。

Botti

 1984年10月、日高管内静内町(現・新ひだか町)の隣、新冠で生まれたボッチくん。 ビーグルと狆のミックスらしいが、外見はシェパードの子犬のようでもあった。

 生後間もなく私たちのもとにやってきて、転勤に連れ、釧路、札幌、東京で暮らした。引っ越しが多かったから、なかなか腰も定まらなかったな。

 ボッチくんはなかなか元気な犬だったが、けっきょく病を得て、2000年5月30日に東京・杉並区西永福の当時の我が家で死んだ。

 それでも今、お骨は庭のヤマボウシの根元に眠っている。

 犬にまつわる仏教説話がある。その昔、犬は死ぬことがなかった。寿命というものがなかったのだ。しかし、人間に酷使される日々はつらくてたまらない。そこで、ブッダに「お願いです。死ねるようにしてください」と頼んだというのだ。ブッダは犬の願いをくんでやり、10数年という寿命を与えた。

 どこか物悲しい話だ。その10数年という歳月しか、私たちはこの健気な生き物と暮らせない。その日々を大事に思うべきなのだろうなあ。

犬の命日2009

Bottio1 もう9年経つんだね

 きょうは1984年11月、日高管内新冠町で生まれ、2000年5月30日に死んだ、我が家の愛犬ボッチくんの命日です。

 16歳近くまで生きたのだから、長命だったのでしょうね。頭が良いとは言えなかったかもしれませんが、人懐っこい犬でした。

 何より、16年近くも私たち夫婦と暮らしたわけで、パートナーとしては最高でした。

 だから彼女の命日には、「ありがとう」と感謝の念をささげるのです。好きだった竹輪を霊前に供えて。

 犬は人間の素晴らしい友だちだと思います。本当に。

犬の命日

忘れてないよ。

 永遠の愛犬・ボッチくんの命日です。2000年5月30日に死んでしまったのです。あれからもう、8年も経つんだね。

Botti  スモークレバーを霊前に捧げました。

 白い猫は、当時、永福町の自宅近くに住んでいたゴローくんです。頭のいい猫だったなあ。彼がいたおかげで、東京生活は本当に楽しかった。夜中に煙草を買いに行く時も、ついてきてくれたんだよ。

 でも、ゴローも、ボッチくんが死ぬ一週間前に交通事故で死んでしまいました。悲しかったなあ。たぶん、かなりの年齢になっていて、餌もほとんど食べなかったんだ。死に場所を探そうとして、方南通りを渡ろうとして、はねられたんだと思う。

 犬・猫のことを語ろうとすると、悲しくてしょうがない。涙があふれてきてしかたない。私もまた「ケモノ馬鹿一代」なのである。

 ボッチ、ゴロー、忘れていないよ。そっち側で、いつか、会おうね。

犬の埋葬

さよなら、ボッチくん

 2000年5月30日に死んでしまった我が家の愛犬ボッチくん(雌・当時16歳)。東京勤務時代に死んでしまい、その後、岩見沢、旭川と転勤を重ねていたので、彼女の遺骨を埋めることもなく、持ち歩くままに、7年が過ぎていた。

 昨年、ようやく札幌の自宅に戻った。ボッチくんも過ごしたこの家の庭に埋めてあげなければならない。

 昨夏、植木屋さんに頼んで埋めてもらったヤマボウシの木の根元を掘り、骨を撒く。カミさんが、ボッチくんが死んだときに書いた「ありがとう」という手紙を破り捨てて、穴の中に入れた。土をかぶせて、さようなら、ボッチくん。きみの事は忘れないよ。

 骨は数片、残しておく。きれいな箱に入れて、ボッチくんの記憶をとどめておく。新しい墓の近くには鳥の餌台があるので、スズメたちが頻繁にやってくる。ボッチくんも寂しくないだろう。

 モノクロ写真は生後1か月程度のボッチくん。日高管内静内町(現・新ひだか町)にて。今から23年前のことになる。

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ボッチくん①

 なれないパソコンです。入門書を見ながらやってます。今は、「記事に画像を挿入する」テクをこなそうとしているところです。

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  どうやら、無事にできました。

愛犬ボッチ(女の子。1984~2000)の子犬時代です。

かわいい犬でした。合掌。

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