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三国一の読書野郎※143

男は官能を描き得ない

 「エロ小説」と「官能小説」の違い。それを実感させてくれるのが唯川恵の「とける、とろける」であった。男性作家には書くことができない世界を構築している。

とける、とろける (新潮文庫) Book とける、とろける (新潮文庫)

著者:唯川 恵
販売元:新潮社
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<口上>恥ずかしいことなんて何もない。彼となら、何でもできる―。幸福な家庭を守りたいのに、気の遠くなるほどの快感とオーガズムを与えてくれる男と出会ってしまった女。運命の相手を探すため、様々な男と身体を重ねていく女。誰にも知られずに秘密の恋人と痺れるようなセックスを楽しむ女。甘やかで、底知れない性愛の深みに堕ちていく女たちを描く、官能に満ちあふれた九つの物語。

<双子山評定> 九つの、どの物語に出てくる女も「嫌な女」だが、そこにリアリティーを感じる。「性(さが)」的なものとしてのセックスが、実に生々しく、描出されているのである。

唯川恵、初めて読んだが、こういう作家であったのか。この短編集のように、皮膚感覚で性を書かれたら、まさに男は太刀打ちできないのである。

ならば逆に、男の立場から、男の性を描くとどうなるのであろうか。凡百の「エロ小説」に見られるのは、男女関係の政治性にしか過ぎない。どちらかが、どちらかを従える/征服することの意味論である。そこに皮膚感覚はない。

男は官能を描き得ないのではないか。抽象化された官能性に最も、遠いところにいるのではないか、というのhが読後感である。

→☆☆☆★

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