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三国一の読書野郎※84

首肯できる部分もあるけれど

 広瀬和生の「落語評論はなぜ役に立たないのか」を読む。狙ったのであろうが、題名からして挑発的。面白く読んだのだが、どうもなあ、と首をひねるところも頻出する。話題性には富む一冊であろう。

落語評論はなぜ役に立たないのか (光文社新書) Book 落語評論はなぜ役に立たないのか (光文社新書)

著者:広瀬和生
販売元:光文社
発売日:2011/03/17
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<口上>評論家のような顔をして「とにかく寄席に行ってみよう」と言っている書き手は信用してはいけない。その書き手は「評論家」ではなく、「寄席に行こう」キャンペーンの宣伝マンに過ぎない。そして実は、「寄席に行けばいい」と言う評論家は、寄席そのものにロクに足を運んでいない。現実を知らないから、そんな無責任なことが言える。「寄席は面白くない」のではない。「面白いときもあるし、そうでないときもある」という寄席の現実を、彼らはロクに知らない、という意味だ。寄席が面白いかつまらないかは、出演者によって決まる。面白い演者が見事な連携プレイを見せれば、寄席は最高の「落語ライヴ会場」となり得る。(本文より)

著者の広瀬和生は1960年生まれ。東大工学部を卒業後、現在はハードロック/ヘヴィメタル月刊音楽誌「BURRN!」の編集長。30年来の落語ファンで、年間350回以上の落語会、1500席以上の高座に生で接している。著書に「この落語家を聴け!」「この落語家に訊け!」「この落語家をよろしく」「現代落語の基礎知識」がある。

言っていることはわかるのだ。「昭和の名人」すなわち、桂文楽、古今亭志ん生、三遊亭圓生を讃え、「古典落語」こそ王道だと説き、現在の落語シーンを無視する伝統芸能として落語をとらえるような流れを呪詛しているのだ。何が「本寸法の落語だ」と。

そして立川談志を礼讃する。談志のすすめる立川流だけが、落語の現代性と対峙し、時代と対決してきたという。過剰な評価ではないか。

しかし、小谷野敦が自らのブログでも書いているように、その「敵」が誰だかわからない。京須なのか、安鶴なのか? 役に立たない具体的な落語評論家を挙げ、具体的な批判を下せばよろしのにと思うのは小谷野だけではない。

そして結局、東京か近郊か住み、年間1500席もの高座に接することができる特権性からは逃れていないじゃないかとも思う。半分、ひがみでもあるけれど。こちとら北国・札幌にて、たまに来る噺家の高座を楽しみにするしかないんだからね。

思うに、ダメな噺家も落語評論家も、自然に淘汰されていくのではないかね。

でも、面白い。挑発的な部分も含めて、評価はする。

→☆☆☆★

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