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三国一の読書野郎※41

新鮮な視点からの日中関係論

 メモを取りながら、岡本隆司「中国『反日』の源流」を読む。興味深い内容であった。

中国「反日」の源流 (講談社選書メチエ) Book 中国「反日」の源流 (講談社選書メチエ)

著者:岡本 隆司
販売元:講談社
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著者は、明の時代、中国沿岸を荒らし回った「倭寇」から、中国人の反日の源流をあぶり出そうとする。さらに、日本と中国の社会構造の違いを明らかにしながら、「中国はずっと反日だった」と結論づけるのである。

国家と社会が遊離しているのが、中国の特徴である。

19世紀中ごろ、清は西欧列強と対決姿勢に入る。アヘン戦争、アロー号戦争である。そして大平天国という大内乱に苦慮する。

当時の日本も、大変革の時代であった。西欧との出会いは、やがて幕末維新という社会変革をもたらす。

しかし、中国は、西洋進出の衝撃を吸収してしまい、明治維新のような、決定的な社会変革を起こすことがなかった。清が滅びたのは、20世紀も10年を過ぎてからである。

社会・政治構造を大変革した日本は、やがて台湾出兵、江華島事件、琉球処分などで、清王朝から「脅威」と見なされるようになる。この日本の存在感の増大を、中国は嫌った。

そして朝鮮をめぐる衝突が日清戦争となり、10年後には日露戦争に至る。ポーツマス条約が結ばれた1905年が、現在に続く日中関係のはじまりであると、著者はいう。

以降、第1次世界大戦後の山東出兵や対華21箇条要求など、中国人の愛国意識を刺激してやまなかった日本の行動を通じて、「反日」意識燻され続けてきたのである。

「反日」の起源は根深い。中国社会のもつ独特の複雑さもこれありで、近視眼的な歴史認識を抱くことの危うさを知る。

「倭寇」の中に、日本人は少なかったそうだ。それなのに、「倭寇」と括ってしまったことに、中国人の反日意識があるのだ。

「目前の現象には、必ず由来がある」。その通りだ。その由来は、冷静な目をもってしないと、見えてこないのである。

→☆☆☆

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