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三国一の読書野郎※27

凜とした精神

 詩人・茨木のり子の評伝「清冽」を読む。このような精神、屹立と、まさに「倚りかからず」に立つ精神でありたいと願う。そんな詩人である。

清冽―詩人茨木のり子の肖像

 愛知県吉良町の医師の娘として生まれた茨木。戦争によって、その青春を消費されたという意識が強くにじむ「私が一番美しかったころ」は教科書にも載る有名な詩である。20世紀の終わりころに発表された「倚りかからず」は詩集として異例の売れ行きとなり、話題となった。

 まさに戦中派の女性の戦争への嫌悪と「人に迷惑をかけない」ことへの希求。ひとむかし前、「良家の子女」はこうだった。

 簡易な言葉で簡易なことを書く。そこに詩情を漂わせる。難しいことだが、この詩人はそれをなした。谷川俊太郎や山根基世などへのインタビューから、晩年の姿を再構築していくのだが、そこに漂う凜とした空気は、もはや再現不能なものとして胸に迫る。

 ちなみに私は茨木の「汲む」という詩に感動した。こうだ。

「汲む」
 ―YYに―

大人になるというのは
すれっからしになることだと
思い込んでいた少女の頃
立居振舞の美しい
発音の正確な
素敵な女のひとと会いました
そのひとは私の背のびを見すかしたように
なにげない話に言いました

初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始るのね 墜ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなかった人を何人も見ました

私はどきんとし
そして深く悟りました

大人になってもどぎまぎしたっていいんだな
ぎこちない挨拶 醜く赤くなる
失語症 なめらかでないしぐさ
子供の悪態にさえ傷ついてしまう
頼りない生牡蠣のような感受性
それらを鍛える必要は少しもなかったのだな
年老いても咲きたての薔薇  柔らかく
外にむかってひらかれるのこそ難しい
あらゆる仕事
すべてのいい仕事の核には
震える弱いアンテナが隠されている きっと……
わたくしもかつてのあの人と同じくらいの年になりました
たちかえり
今もときどきその意味を
ひっそり汲むことがあるのです 

 初々しさが大切なのだ。

→☆☆☆★

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