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三国一の読書野郎※21

あふれ出る言葉に溺れて

 町田康の新作長編「人間小唄」を読む。町田康、自在なる言葉の使い手だな。新しいステージに達しているような気がする。

人間小唄 (100周年書き下ろし) Book 人間小唄 (100周年書き下ろし)

著者:町田 康
販売元:講談社
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 物語そのものが、訳がわからない。締め切りに追われた作家「糺田両奴」が、何者かから送られてきた短歌を無断でエッセーのタネにする。それは罠だった。短歌の作者「小角」は激怒し、糺田を幽閉する。そして解放する条件に以下の難題を与える。「1:短歌を作る 2:ラーメンと餃子の店を開き、人気店にする 3:暗殺」。糺田の必死の努力が続く。

 ストーリーを追っても、ほとんど意味がない。流れ出る、あふれ出る言葉の中に溺れていくしかない作品だ。最初はその言葉数に圧倒されるが、読み進むにつれ、言葉に身を委ねることが快感になってくる。一種の散文詩として、通読することもできるほどだ。

 小角は感性の鈍磨、感受性の劣化に憤る、怒れる神であると解読することもできるのだろうが、町田康の狙いはそこにはあるまい。

 言葉を垂れ流すこと。そしてそれらの言葉にただただ、身を委ねること。そこに人間性の回復を見るのである。現代文学の新しい地平がそこに立ち現れるのである。何を書いてもいい。どのように書いてもいい。絶対的な自由の前で立ちくらむ作家の、極めて挑発的な作品である。感心した。

→☆☆☆☆

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