本を読む日々2009※26
書かれていることは正しい、しかし、だ
堀井憲一郎の「落語論」を読む。年間に何千席の噺を聞いている著者だからこその一冊であり、書かれていることのほぼすべては正しい。それは認める。しかし、落語を語る方法論としては間違っている。
落語論 (講談社現代新書) 著者:堀井憲一郎 |
まず、「落語はライブとしてのみ存在する」と本質論を語る。そのとおりだ。それ以外にない。しかし、この定義をしてしまうと、何も語れなくなるのだ。ホリイはその危険性を理解しつつも、あえて、この定義から始めているのだろう。「好き嫌いからしか語れない」「ストーリーにもサゲにも意味はない」など、挑発的な文言を駆使しながら落語の現在の輪郭をあらわしていくのだが、方法論としては間違っている。
あえてこの時期に挑発的な落語論を出す。それのみがホリイの目指すところではなかったのかと類推する。書かれていることの、ほぼすべては正しい。方法論としてのみ、完全に誤っている。そこのところを踏まえていれば、読んで損はない。
⇒☆☆☆★
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