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スクリーン2009⑪

なぜ殺されるのか?

 スガイにて、アルジェリア独立戦争を描いたフランス映画「いのちの戦場」を観る。要するに、フランス版の「プラトーン」だ。

いのちの戦場 -アルジェリア1959-

<あらすじ=goo映画より>1959年のアルジェリア。独立戦争のさなかの山岳地帯に、テリアン中尉が赴任してくる。小隊を指揮し、独立派のFNLとの戦いに神経を摩耗させる日々。古参の軍曹に鼓舞されながら、戦いの日々は続くが、はじめは抱いていた理想的な心もやがて、砕けていく。敵も味方も問わない虐殺と拷問。確実に精神のタガが外れていく。

<能書き>まったく知らなかった映画だったが、観る価値はあった。フランスはベトナムにおけるアメリカのような体験を、その10年前に体験しているわけだ。

 住民虐殺はフランス軍も独立派も行ったということだ。これもまた、ベトナムでも同じだったのではないか。

 国際法で禁止されている残虐兵器・ナパーム弾を使用し、敵兵を皆殺しにするフランス軍。小さな村の住民を、皆殺しにする独立派。共通するのは「殺し」だ。たとえば独立しようとしまいと、アルジェリア山岳地帯の小さな村の住民にとっては何の関係もないわけだが。政治が民の中に最も突出したかたちで現れるのがこの「独立」という行為なのかも知れぬ。民はなぜ殺されるのかも分からぬままに、死んでいくのだ。

⇒☆☆☆★

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