最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« DVD観賞録56 | トップページ | スクリーン2008※21 »

井上陽水を聴く

個人的な体験。

 井上陽水が昨年、全国ツアーしたアコースティック・コンサートを収めた「弾き語りパッション」を発作的に購入してしまった。タイトル通り、「傘がない」「いつのまにか少女は」「人生が二度あれば」「心もよう」などなど、往年の名曲を弾き語りしている。

弾き語りパッション Music 弾き語りパッション

アーティスト:井上陽水
販売元:FOR LIFE MUSIC ENTERTAINMENT,INC(PC)(M)
発売日:2008/07/16
Amazon.co.jpで詳細を確認する

 これまで、井上陽水のアルバムは自ら買い求めたことがないんだよな。やっぱり、「吉田拓郎派」だったからかな。でもなぜか、どの曲も知っている。

 聴いていると、当然、ノスタルジーが襲う。あまり生産的ではないノスタルジーが。

 でも、「傘がない」のころから陽水は社会性がないとか、個人的な体験しか歌っていないとかいう批判があったように記憶するけど、そんなもの、拓郎にもなかったし、あえて言えばディランにもない。「インターナショナル」ではあるまいし、社会性なんて意識して歌うようなシンガーは党派的すぎてどうしようもないんだ。もっともっと、徹底的に個人的な体験を歌うべきなんだ、と今では思う。

 いつのまにか「愛」を使うことを知り
 知らず知らず「恋」と遊ぶ人になる
だけど春の短さを誰も知らない
 君の笑顔は悲しいくらい大人になった

                (いつのまにか少女は)

 すぐれて個人的で、素晴らしい歌詞だよ。

 でも陽水も年齢だな。歌声がホニャホニャしている。口蓋内で空気がこもっているような感じ。たぶん、入れ歯の影響ではないだろうか。まあ、誰しも年齢をとるのだから、仕方のないことではあるがね。

« DVD観賞録56 | トップページ | スクリーン2008※21 »

音楽」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。
私は全共闘世代でもフォーク世代でもなく、第2次ベビーブーム生まれのバンドブームやら以降の世代の人間ですが、この「傘がない」は邦楽史に燦然と輝く曲の一つと信じて疑わない一人です。
検索中にこちらにヒットしました。
個人的な体験を歌うべきとの趣旨に賛同した上で、提案方々若輩から一言述べさせていただきます。
陽水には批判的な方々、確かにいらっしゃいますね。年上の方、職場の上司なんかには多いです。その時の引き合いに出されるのは決まって「傘がない」。日和見だという意見が必ず出ます。
この曲、社会問題にも目にくれず、デートに行くのに傘がないのを嘆く歌…という理解が大勢で成されている事が残念でなりません。
そのまんまやん!と。
歌詞表現においては情景描写表現が主流であった時代であったし、皆が社会・政治に一生懸命であった時代背景からしてもしょうがないですけど。
陽水はこのテーマを真正面から書けなかったんですよ。
この降っている雨は心に降る雨=「涙」です。
涙に差す傘はないのです。
おそらく彼女はあちらの側に旅立った人だと思います。
その彼女に逢いに行くのですから。
半端な気持ちの歌ではないのですよ。
人の命は時として社会問題と密接ではあるでしょうが、愛した人がそばに居なくなる事。
これ以上の辛い事はないでしょう。
人として当然の気持ちを歌った、そしてその悲壮な気持ちの深淵を歌った事がすばらしいのです。
この私の理解でもう一度曲を聴いてみていただけますでしょうか?
アルバムの最後に収録されるべきテーマに相応しいと思います。
お書きになっているようにプライベートな事ではあるので、日和見は確かかもしれませんが。
ちなみに90年代の楽曲にも、このような作品性の高い曲がたくさんあります。どうぞ、そのような曲も聴いてあげて下さい。
お初にて無礼極まる講釈の垂れ流し、大変に失礼致しました。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 井上陽水を聴く:

« DVD観賞録56 | トップページ | スクリーン2008※21 »

2019年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31