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生きていくこと

Nくんをおくる。

 会社の後輩・Nくんの通夜に行く。46歳。若いよなあ。若すぎるよなあ。

 これまでに2か所の職場で一緒になった。「超」がつくほどのまじめな男だった。まじめの国から、まじめを広めにやってきたような。そして、人の悪口を言わない人間だった。

 ちょうど一年前から体調を崩し、入院していた。奥さんと2人の娘を残しての死。心残りであったろうなあ。無念さ、極まれりだろうなあ。

 病の辛さ。朽ちていくことの哀しみ。愛するものの成長を見届けられない口惜しさ。表現不可能な、人間が生きていくことに伴う、根源的な、本当に根源的なかなしみがそこにある。

 そして、病に犯されてしまったことに対する「なぜ?」という思い。ひたすらに、まじめに生きてきただけなのに。

 しかし、まじめに生きることと病の間には何の相関関係もない。

 残された奥さんや娘さんは、神を呪うだろうか? そのような心に至ることも無理はないだろう。そこに、宗教というものの原点が宿るのだろう。

 哀しい。本当に哀しい。人間はなぜ、生きていくのだろうか? 死ぬために生きているのだという戯言が真実味を持つ。だからこそ、悔いのない人生を送らなければならないという、陳腐なことを思い出すんだ。

 だから、思い切り、生きるしかないんだろうね。生きている限り。

 でも、なんだか本当に哀しくてしかたないよ。後輩のきみの死が。通夜で下の娘さんの後姿を拝見したが、何度も何度もすすり泣いていたよ。いい父親だったんだね。

 さようなら。また会おうな。その日まで、さようなら。

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