最近のトラックバック

無料ブログはココログ

« 昼食問題72 | トップページ | レヴュー③ »

悪意の時代に①

だからこそ、どうすればいいのだろう?

 ぴりぴりしている。それが最近の時代認識だ。まあ、時代認識というほど大げさなものでもないけど。時代に吹く風が、冷たく、痛い。

 かつての職場で思った。人はなぜ、同じ仕事をしているのに、これほど人を妬み、嫉むことができるのだろう。横の人間と自分を比較して「あいつは俺ほどじゃないのに、なぜあんな厚遇を受けているのか」と思えるのだろう。もしくは、なぜかくも自己評価の高い人間ばかりがいるのだろう。

 同じ会社で仕事をしている人間って仲間じゃないのか? 少なくとも陥れるような対象じゃないよな。そう、俺が甘いのか。ならばその甘さを、まさに甘受するよ。

 不思議だ。本当に、不思議だ。

 同時に、こんな時代に生きたくないとも思った。正気を保つのが精一杯だと実感した。そして、こんな自分になってしまった。

 老けてはいけないと思う。しかし、だ。かくも下らない人間どもに囲まれて生きている意味なんかあるのかね? 

 そんなことばかり考えていたら、難病になってしまった。鬱も入ってきた。 自分は鈍感だから、そんなことになるとは思わなかったけど。でも、問題はそんなところにはないんだろうな。

Photo_117  写真は、旭川にいたころ、近くのラーメン屋さんにいた雄犬「ななちゃん」。闘病生活の果て、死んでしまった。彼に対しても、何もできなかったなあ。助けを求めていたのかもしれないのに。何もできなかったな。ごめんな、ななちゃん。

« 昼食問題72 | トップページ | レヴュー③ »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

自己反省。
そして、ここに居るべき人間なのか?必要な人間なのか?と、よく思う。
どうすればいいのか。

現状を変える。変えるには。
変化を作り出す人間になる。

それが私の、会社のみに限らず人間的な使命なのかと。 勝手に解釈しております。
そう言いつつ、そろそろ限界ですが(笑)

嫉妬深い人って、常に居る、しかも意外と多いと思います。
人に認められたい、って欲求も、人間にとっては本能ですから、程度の差はありますが、誰にでもいつの時代でもある。

だから、たまに公平な人に出会えたら、とても幸運なのだと思って、その縁を大切にしようと努力してます。

むやみに嫉妬深い人ってのは、ほぼ例外なく幼児的で、客観的なものの考え方ができないことが多いですから、「自己評価が高い」というよりは、単に「自分に甘い」ってだけだったりするし、深いところで自分に自信がないように見えます。

すぐに傷つくような、脆い安いプライドしか持ってないので、人と比べては、そのたびに自我がピンチになるのではないか。
ほんとに仕事のできる人は、そんな暇なことはしないものでしょう。

壊れやすい自我を、後生大事に抱え込んだまま、おっさん・おばさん、おじいさん、おばあさんに成れてしまうのですから、ある意味すごい世の中ではあります。
現実ってもっと厳しいんだと思っていたのに。

少なからず、人は他人と比較しながら生きていくものでしょう。「自分は自分」と気持ちを偽ってもしょうがないけど、過剰なジコチュウは無視しましょうよ。気にしない、気にしまい。そう、歌を歌って、前向きに、前向きに。ビートルズがあるじゃないですか。ついでに奥さんも、ワンちゃんも。ついで、じゃないね。失礼。

>がじんさま
お久しぶり。ワンちゃんはいなんだよ、もう。今年の5月で7年になるよ。
我が友人の「づかこ」さんが本所吾妻橋の住民です。うまい飲み屋を教えてもらってください。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 悪意の時代に①:

« 昼食問題72 | トップページ | レヴュー③ »

2019年3月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31