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生きることと死ぬことと②

老新聞記者の死

 Oさんの訃報が届いた。私が日高管内の静内町(現・新ひだか町)に勤務していたときの上司(といっても上司1人と私1人しかいなかった)。当時の肩書きは「支局長」だった。新聞記者としての基本を叩き込んでくれた人だった。不肖の弟子の私自身は、大した記者にはなれなかったけれども。

 77歳。63歳で倒れてから、15年にわたって、入院生活を送っていたという。一度でも、お見舞いに行けばよかったのにと、今になって思う。いつもそうなんだ、私は。取り返しが付かない段階になってから、反省しているのだ。

 昭和29年に新聞社に入り、社会部、しかも警察回り中心に活躍したまさに古いタイプの新聞記者だった。さまざまなエピソードがあるし、さまざまな取材秘話を、酒を飲みながら聞かせてくれた。だが、結局は組織の中でうまく立ち回れる人ではなかった。私の上司になった時、すでに55歳を回っていたのではないか。その年齢で、支局長もないとおもうのだが、「現場」にい続けたかったのだろう。

 坊主嫌いということで、葬式は行わなかった。献体したという。最後のお顔を拝見しに行った。ある意味、安らかなお顔だった。開放されたのだな、と思った。お孫さんに最寄の駅まで車で送ってもらった。このお孫さん、たまに静内に遊びに来ていた。当時は小学生だったが、今では31歳だという。「君のおじいさんは凄い人だったよ」。私の言葉は、きっと彼に届いたと思う。

 さようなら、Oさん。本当に、ありがとうございました。

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