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本を読む47

力作ではあると思う

散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道 Book 散るぞ悲しき 硫黄島総指揮官・栗林忠道

著者:梯 久美子
販売元:新潮社
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 話題の書、ようやく読みました。力作だと思います。若い女性が、硫黄島攻防の指揮官・栗林忠道中将を取り上げるというある意味のミスマッチ感覚がありますが、中将から家庭への手紙に着目して、その細やかな心遣い、軍人らしからぬ感性をすくい上げることに成功しています。

 指揮官として、死を約束されている部下に対し、いかにその死を納得できるものとしていくか。太平洋戦争末期の日本軍の指揮官に求められていたことは、この一点に集約されるのかもしれません。特に昭和19年以降、確実なる敗北に向かっていく情勢の中で、自らとはなんだったのか、私という存在はなんだったのか、問わずにいられない兵士に対し、納得いく説明をすることこそ、上司・指揮官の役割だったと思います。

 もちろん、納得するもしないも、それぞれの個人の経験にしかすぎません。結局、それぞれの死を死ぬしかないわけですからね。しかし、自らの死を納得しくものにしたいという欲望は、誰にしもあるのではないでしょうか?

 だから、先に紹介した父親が硫黄島で闘い、擂鉢山に星条旗を立てたブラッドリーの書を読んでも思ったのですが、その時代の青年たちが経験せざるを得なかった過酷さに、思いをはせてしまうのです。それは「運命」とか、「宿命」といった言葉で片付けられてしまうことなのだろうか? もしくは、1942年、ソ連・スターリングラードで散っていったソ連とドイツの青年たち。生命が資材としてしか勘定されない時代に生きてしまった悲劇。これらについては、また別の機会に書くことになるでしょう。

 正直な読後感として、もう少し、書き込んでも良かったのではないかということがあげられます。短すぎる。短すぎるゆえ、どうしても栗林中将が「スーパーマン」「絶対善の人」という狭いイメージの中に閉じ込められてしまうのです。

☆85点⇔水準点以上です。ただ、記述したような欠点もあるのでは。栗林中将の「聖人化」というか

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