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本を読む50

新聞が一番、元気だったころ

 元読売新聞記者でジャーナリストの本田靖春の自伝「我、拗ね者として生涯を閉ず」を通読。新聞が一番元気だったころの勢いが伝わる。

我、拗ね者として生涯を閉ず Book 我、拗ね者として生涯を閉ず

著者:本田 靖春
販売元:講談社
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 著者は2004年12月4日71歳で死去。「現代」連載企画だったが、中途絶筆になってしまった。

 本田靖春は1955年に読売新聞へ。社会部記者時代に、「黄色い血」=売血反対キャンペーンを展開。 結局、売血を完全廃止に追い込み、現在の献血100%体制の基礎を成したのだからすごい記者だ。

 しかし、そのキャンペーンで東京・山谷に潜入取材をしているうち、肝炎に感染。晩年は肝臓ガン、大腸ガン、片目失明、壊疽による両足切断とすさまじいまでの闘病生活を送っている。そんな中、病床でペンを握りながら自らの生涯を振り返っている。

 第5福竜丸がビキニ環礁で死の灰を浴び、三河島で大列車事故が起き、60年安保の大騒動があり、東京でオリンピックが開かれたこの時代。新聞と読者の距離も近かった。社会正義の実現へ向け、まさに新聞記者が新聞記者らしい仕事ができた時代の貴重な記録である。そこに青臭さを感じてはいけない。青臭さから、「臭さ」を除去し、正義を実現するために著者はまさに命をかけたのだから。

 結局、15年ばかり勤めた読売を辞めてフリーになるのが1970年代初め。時代は確実に変わろうとしてた。ちょうどそのころで、筆は終わっている。つくづく、残念。

結論①社会部がない新聞社は新聞社じゃない。

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